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仙台高等裁判所秋田支部 昭和39年(ネ)69号 判決 1965年11月22日

主文

一、控訴人藤田鉄弥の控訴を棄却する。

二、控訴人築館富雄の建物明渡請求に関する控訴により原判決主文第五項を次のとおり変更する。

控訴人築館富雄は被控訴人から金一九万五、四七〇円の支払を受けるのと引換えに、被控訴人に対し、別紙第一目録表示(三)の建物を明渡せ。

被控訴人の右明渡に関するその余の請求を棄却する。

三、控訴人築館富雄のその余の控訴を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人と控訴人藤田鉄弥との間に生じた部分は控訴人藤田鉄弥の負担とし、被控訴人と控訴人築館富雄との間に生じた部分はこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人築館富雄の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張立証は、控訴人等代理人において、「昭和三〇年一一月一五日訴外盛永義夫から懇請されて被控訴人がその所有する本件不動産全部につき売買予約を締結したように仮装して、これを原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をなしたことは、被控訴人自ら認めているところであり、右仮登記に基づく本登記は仮登記の自然的発展であるから、かりに右訴外人が被控訴人の印鑑を偽造して右本登記手続をしたとしても、既に仮登記原因の無効従つて仮登記自体の無効をもつて善意の控訴人等に対抗しえない以上、右本登記の無効を控訴人等に対し主張しえないとするのが当然である。なお被控訴人は前記仮装の仮登記をしてから昭和三六年一一月頃まで本件各不動産につき登記簿上における所有者名義等の異動も、その現状も何等調査していなかつたものであるから管理につき重大な過失があり、また前記盛永に本件不動産を横領されたとしても、その責は通謀による売買予約をしてその仮登記までした被控訴人にあり、他方控訴人等はその点につき全く善意無過失で本件各不動産を買受けて占有しているものであるから、法律上充分に保護せらるべきものである。この場合被控訴人が控訴人等に対して本件各不動産につき所有権の主張をなすのは民法第一条に定める「公共ノ福祉ニ」そわないものとして排斥さるべきである。かりに以上が理由ないとすれば控訴人築館富雄は別紙第一目録表示(三)の建物につき留置権を行使する。即ち控訴人築館富雄は昭和三二年三月二五日頃以来右建物に居住して現在に至つているものであるが、右建物は畳、建具等殆んどなく住家ともいえないような状態であつたので、これを改造修理し(昭和三二年八月頃着手し同年一〇月頃完了、工事費合計二三万円)、また屋根が朽廃し雨漏が甚しいのでやむをえずこれをトタン板葺とし(昭和三三年五月初頃着手し同月中頃完了、工事費金七万四、六二〇円)、合計金三〇万四、六二〇円の必要費用を支出した。従つて控訴人築館富雄は被控訴人から右必要費の償還を受けるまで右費用償還請求権に基づき右建物を留置する。」と述べ、立証として、乙第九ないし第一一号証を提出し、当審証人佐藤繁一、同外崎東吉の各証言、並びに当審における控訴人築館富雄の本人尋問の結果を援用し、なお「右証人佐藤に乙第六号証として示したのは本件乙第九号証にあたるものであり、右証人外崎に対して乙第七号証として示したのは本件乙第一一号証にあたるものである。」と説明し、被控訴人において、「訴外盛永義夫名義になされた仮登記は、同訴外人から頼まれてなした同人との通謀虚偽の意思表示によるものである。なお控訴人築館富雄の主張する留置権は認めない。もしこれを認めると甚しく社会の安寧秩序を乱すもとになるから留置権の主張は排除さるべきである。」と述べ、乙第九ないし第一一号証の成立、並びに控訴人代理人の前記証人等に示した乙号証に関する説明は認める、と述べたほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一、控訴人築館富雄の留置権の抗弁を除くその余の被控訴人の主張及び控訴人等の抗弁に対する当裁判所の判断は、原判決理由に次のとおり附加するほかは、原判決理由に説示するところと同一であるから、ここに引用する。

(一)  控訴人等は、本登記は仮登記の自然的発展であるから、訴外盛永義夫への売買予約を原因とする仮登記を通謀虚偽表示として善意の控訴人等にその無効を主張しえない被控訴人は、右訴外人が被控訴人に無断でなした本登記を無効なものだとして控訴人等に主張しえない旨抗弁しているけれども、右本登記は、売買予約完結の意思表示をしたうえ、原則として双方申請によりなすものである故、仮登記の自然的発展ということはできない。のみならず売買予約の仮登記が通謀虚偽によるものでなく真実のものであつても、売買予約完結の意思表示をせず、本登記を了した場合には、所有権の帰属には変動がないので、登記簿の記載に公信力を認めていない我国の法律のもとでは、その後当該不動産を買受けた者はその所有権を取得する余地はないものである。

そして、本件では売買予約完結の意思表示がなされたとは認められず、また仮登記が通謀虚偽によるものとの理由で、真実の意思に基づくものである場合以上に第三者を保護すべき必要はないので、控訴人等の前記抗弁は理由がないといわねばならない。

(二)  次に控訴人等は、被控訴人の本件不動産についての所有権の主張は公共の福祉に反する旨主張しているけれども、控訴人等がその理由として主張している事実からは、被控訴人の本訴請求が公共の福祉(社会一般の利益)に反するものということはできない。

二、控訴人築館富雄の主張する留置権について

登記官吏作成部分の成立に争なく、その余の部分も真正に成立したものと認められる乙第三号証、成立に争いのない乙第九、一〇、一一号証に当審証人佐藤繁一、同外崎東吉の各証言、当審における控訴人築館富雄の本人尋問の結果を綜合すれば、同控訴人は別紙第一目録表示(三)の建物を相控訴人藤田鉄弥から昭和三二年三月一五日買受けたが、当時右建物は外側の板戸や内部の建具、畳等全くなく、床板も大部分腐つてなく、また土台も腐つている部分があり、その他壁等も大修理をなすべき状態にあり、そのままでは入居できなかつたので、建築業者である佐藤繁一に入居できるように腐朽土台の一部取替、床板、天井の張替等の木工事(工事代金一一万一、三五〇円)と壁塗の左官工事(同九、五〇〇円)をして貰い、同年一二月頃右建物に入居したが、屋根(柾葺)も古くなつて雨漏してきており、葺替えるべき時期にきていたので、板金業者である外崎東吉に頼み昭和三三年五月頃トタン板葺(工事代七万四、六二〇円)にして貰つて、居住し、現在に至つていること、並びに右各工事代金はすべて同控訴人において支払済みであることが認められ、これに反する証拠はない。

右の各工事代金は前記建物につき控訴人築館富雄の支出した特別の必要費というべく、従つて民法第一九六条第一項により右費用合計金一九万五、四七〇円を右建物の返還を求めている被控訴人に対し償還請求する権利があり、かつ右権利は、同法第二九五条第一項の「他人ノ物ノ占有者カ其ノ物ニ関シテ生シタル債権」に該当するものであるから、右費用の償還を受けるまで同建物を右控訴人において留置することをうるものである。

被控訴人は、かかる場合に留置権を認めるのは社会の安寧秩序を乱すもとになると主張しているけれども、それは被控訴人の独自の見解であつて、従うことはできない。

なお前記乙第九号証と当審証人佐藤繁一の証言並びに当審における控訴人築館富雄の本人尋問の結果によれば、同控訴人は、右佐藤繁一に前記土台取替工事等をして貰つた際、前記建物に建具類を入れて貰い(代金六万三、八〇〇円)、また畳を入れ、流しや電灯の設備をして貰い(これらは雑工事として代金二万七、四五〇円)、かつそのうえに二万一、〇〇〇円の諸経費を要したことが認められる(但し右各証拠に前記乙第一〇号証を綜合すれば、右佐藤のなした諸工事代金合計金二三万三、一〇〇円を支払の際二三万円に減額して貰つている)。

控訴人築館富雄は右の各費用も必要費であるとして、これについても留置権を主張しているが、建具類、畳、流し、電灯設備はいわゆる造作にあたるものであつて必要費ということをえず、また諸経費というものはいかなる内容のものか前記各証拠その他の本件全証拠をもつてするもこれを明らかにすることができないので、特別の必要費であつたと断ずることはできず、いずれも、それに基づく留置権を認めることはできない。

三、よつて、控訴人藤田鉄弥の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴人築館富雄の本件控訴は別紙第一目録表示(三)の建物の明渡に関して金一九万五、四七〇円の範囲における留置権行使につき理由があるので、その点についての原判決を変更して引換給付を命ずることとし、同控訴人のその余の控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九三条、第九二条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

別紙

第一目録

(一) 青森県南津軽郡大鰐町大字唐牛字村井八番一号

宅地  四四坪五合

(二) 同所九番一号

宅地  二二一坪

(三) 同所九番一号

家屋番号大字唐牛六〇番

木造草葺平家建居宅一棟

建坪  四二坪五合

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